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誰かを思い浮かべながらブログを書く

僕はブログを書いている。

これはもう3ヶ月ぐらいはまっている趣味なんだけど、 こまめに続けていると、いろいろな発見がある。

今日思ったのは、こんなこと。

妹を思い浮かべながら書く

今日僕は、妹のことを思い浮かべながら、ブログを書いてみた。
「もし妹に伝えるなら、どんな表現をするだろう」ってイメージしながら。

そうすると、内容はけっこう、いつもとは変わったものになることが分かった。

選ぶ文章も違うし、説明の仕方も違ってくる。

「こんな言い方じゃ、伝わらないな」とか。
「そもそも説明が抜けているよな」
ということが頭に浮かぶようになった。

今まで「自分の文章は分りやすい」と思っていたのは、ただの思いこみだっただな、って気付いたんだ。

「自分に分りやすい」と「人に分りやすい」の違い

人間というのはつい、自分に分りやすい言い方で、人に話をしてしまうものだと思う。
それが初期設定になっているんだ。

それで自分で「この伝え方は、人にも分りやすいだろう」って思い込んでいるんだけど。

何が分りやすい伝え方かっていうのは、伝える相手によって変わってくるものなんだよね。

言ってみれば、当たり前の話だけど。

ええっと

ブログを書いていると、すぐ混乱してしまうんだけど、 何が言いたかったかっていうと、これは別に「人に分りやすい伝え方をしよう」っていう話じゃなくて。

誰に伝えるかによって、伝え方って全く変わってくるんだなって。

たとえば料理の味付けでも、色々なバリエーションがあるみたいに、人への伝え方も、色んな味付けが出来る。
そういう発見をしたよっていう話なんだ。

まあ、雑談だよね。

脳の体操

あと気付いたのは、これはけっこう、頭を使うから、面白い。
自分がいつも使っている言葉とか、説明の癖を、いったんリセットする必要があるから。

普段使っていない脳を使ってる感じがした。

ところで

たとえば音楽の作曲でも、 誰でもない誰かに向けて曲を書くよりも、誰かひとりの人を思い浮かべながら書くほうが、ずっと人に伝わる曲になるらしい。

作曲家の中には、人生でずっと、すべての作品で、たったひとりの人を思い浮かべながら曲を書いた人もいるっていうぐらい。

たとえば「涙そうそう」は、たったひとりのお兄さんを思い浮かべて書かれた曲らしいしね。