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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

回転寿司屋でシャリを残すのは悪か

糖質制限

やけに昔の話題へのリアクション。

「ご飯を残すのは悪だ」という「善」を振りかざす人がいるだろうけれど。

もし「ご飯を残すこと」が悪で、大人として恥ずかしいことならば、例えばどうして「水を残すこと」は悪いことじゃないのだろう?

  • 水を残すのは、ごく普通のことだ。
  • カラオケのフリードリンクで、烏龍茶を残すしても、誰もとがめたりしない。
  • 居酒屋の飲み放題で、アルコールを飲み残すのは、どこでもよく目にする光景だ。

僕らが日本人だからか、僕らは特に「水分」に関しては「もったいない」という意識が極めて薄い。

それはたぶん、水道設備が水の供給が有り余っているからだ。 単に需要と供給の問題でしかない。 もし仮に、日本で水の飢饉が起きたりしたら、とたんに「水を残すこと」は悪になるだろう。

僕自身も今まで「出されたご飯は、なるべく全部食べる」というルールで生きてきたけど。 特に糖質や炭水化物に関しては、少し考え方が変わってきている。

「糖質や炭水化物は世界にありふれているので、残しても良い」という考え方だ。 もちろん料理を注文する前に、事前に断れるものは断るけれども。

直接は食べ物を捨てないにしても、食品廃棄量が世界トップクラスの日本では、どちらにせよ裏側では、大量の食べ物が捨てられているんだよなあ。 僕たちが極めて安全に外食したり、コンビニで賞味期限内のお弁当を買ったりするということは、すなわち、大量の食品廃棄を生み出していることに替わりがない。

これを度外視して「回転寿司でシャリを残すのは悪だ」とか言い出すのは、自分たちの社会の仕組みを知らないってことだと思うんだよなあ。