いなうらゆうま yUmaiNaURA

kanji is 稲浦悠馬 という 記号の記録 らしい

持ち歩く電子端末がライフスタイルを変える

どんな端末を持ち歩くかは究極の課題だ。

 

katsumakazuyo.hatenablog.com

 

僕は普段 iPad Mini 4を持ち歩いている。

主にKindleでの読書用に。

 

「読書用にiPad miniを持ち歩く」というと、単純な話に聞こえるが、これがなかなか奥深い。

 

なぜなら、

「いつでも、どこでも好きな場所で本が読める」

ただこれだけのことで、ライフスタイルは一変する。

読書をする機会がものすごく増えるからだ。

 

人は手軽にできることを、ついやってしまう生き物だ。

ひとつの行動を選ぶということは、他全ての競合を押しのけて、それを選ぶとうことでもある。

なので、つい手が届いてしまうところに、いつでも iPad mini があるということは、意志の力なくして、つい読書をしてしまうということだ。

そして読書をする機会が増えるということは、人生が少しずつ変わっていくということでもある。

 

ところで iPad mini 4の良いところは、3とは違って指紋認証が使えるところ。

「パスコードロックを解除する」という一手間だけで、読書の回数は圧倒的に減ってしまう。

 だから指紋認証の重要度は高い。

 

iPad mini 3 を使っていた時、なかなか読書にのめり込めなかったのは、電子書籍が物足りないのではなく,恐らくこの「パスコードロック」のせいだった。

パスコードロックのせいで、読書は習慣ではなく、たまに思い出した時にの気まぐれにまで堕してしまっていた。

つまりこれは、iPad mini 3 と iPad mini 4の違いによって、ライフスタイル、ひいては人生まで変わってくるということだ。

 

なおかつ iPad mini は頑丈なケースに入れているのだが、これは一枚岩のタイプ。

これが「パタン」と閉じるタイプのケースじゃないのは、これも手軽さを重視してのことだ。

「パタン」と開くという一手間によって、読書との距離は圧倒的に開いてしまう。

その1アクションは些細な事に思えるかもしれないが、何百回、何千回と繰り返すことを考えれば、その影響は甚大だ。

 

Mac Book Air

ところで最近は、また Mac Bookを持き始めても良いかなと思っている。

カフェでブログを書いたり、仕事の勉強をするために。

 

ただデメリットも幾つかある。

 

  • 「そもそも重い」(遠くまで歩いていけなくなる)
  • 「入力端末を持ち歩くことで、意識が端末に引きずられる」(日常のクオリティが下がる)
  • 「ブログを書くと脳がヒートアップして、ゆっくりとした気分が壊れる」
  • 「持ち歩いても、何もテーマが浮かんでこない時もある」

 

というようなことを思って、持ち歩くのをやめていたのだが、以前とはちょっと事情が違う。

 

  • 靴をRED WINGからミニマリストシューズに変えて、身軽になっている
  • スマホを持ち歩かない」「持ち歩く時も電源を切る」など、スマホ断ちを習慣にしているおかげで、電子機器に意識を奪われにくくなっている。
  • ブログを書いた後にノートを閉じたり、瞑想したり、運動したりする「デタッチメント=切り離し」の技術が向上している。

 

今なら、前よりもうまくノートと付き合えるんじゃないかと思っている。

ただ重いのだけは確か。iPad Mini と一緒に持ち歩くと、あまりシンプルなスタイルでもない。

かといって Mac Book の Kindle アプリはうまく「アンダーライン」を引くことさえできないので、読書はなかなか難しい。

入力端末で読書をすると、ついネットサーフィンをしてしまいそうだし。

 

本当であれば、あと半分ぐらいは軽いMacBookが発明されたら良いのだけど。

 

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ところでこの記事は行きつけのスターバックスMacBook Airを使って書いた。

 

エネルギーが溢れている時に、カフェでブログを書くのは好きだ。

なかなか良い時間だったと思う。

 

 

 

 

ダイエットにモチベーションは全く必要ない

  • ダイエットがうまくいく => モチベーションが上がる => 油断して食べ過ぎる
  • ダイエットがうまくいかない => モチベーションが下がる => やめたくなる、自暴自棄になって食べ過ぎる

こいつは、両方詰んでやがる。

モチベーションや気分に頼るという手法自体が、脆いということに気付いた。

 

モチベーションに頼るかわりに、淡々と自分の決めた習慣をこなしたり、ルールを実行していくことが肝心だ。

もしそれで難しさを感じるようなら、ルールを再検討したり、適切な難易度調整をすれば良い。

 

なので最近では、僕はモチベーションを上下する行為を、極力謹んでいる。

 

たとえば体重計に乗って、特定の数値が表示される。

そこで値が大きくても、小さくても、それで自分のモチベーションを上下させない。

モチベーションを上下させる道具として、体重計を使わない。

淡々とした意識の状態をキープする。

 

大事なのは習慣だ。

習慣こそが全てで、他のものはなんでもない。まやかしだ。

自分の決めた習慣を、喜びや悲しみなしに継続していくことが大事だ。

 

でも、もしダイエットに何のモチベーションも感じないとしたら、どうやってダイエットを続ければ良いんだろう?

ダイエットをする理由さえも無くなってしまうんじゃないだろうか。

 

それはこうだ。

 

「モチベーッション」はなくても「やる理由」はある。

理由とモチベーションはお互いに、全く別の世界に存在するのだ。

 

習慣こそが全て。

習慣だけが自分(の体重)を変える。

 

ブログはスナップショットである (人間には「記録したい欲求」がある)

そう思った。

 

なぜブログを書くのか。

頭に浮かんだことを、書き記しておきたいと思うのか。

ブログを書く動機は何なのか。

 

その理由は、ひとつには、自分の考えの整理という側面もある。

アウトプットによる勉強という側面もある。

人に何かを伝えたいという側面もある。

文章力を向上させるという側面もある。

 

だけど、そうやって「ブログを書く動機」を考えてみても、なんとなく腑に落ちない部分があった。

50%は当たっているけれど、50%は違っているというような。

この億には、もっと何か「原始的な欲求」が横たわっている気がした。

 

それはきっと、これ。

「記録したいという欲求」だ。

 

他の何のためでもなく、

記録するということ自体が面白い。

記録すること自体がセクシーだ。

記録するろいうこと自体が尊い

これは人間の根源的な欲求ではないだろうか。

 

たとえば街で、何かインスタ映えするものを見つけたら、写真を撮りたくなるはず。

誰でも、カメラやスマホに「記録」しておきたくなる。

誰でもシャッターチャンスは逃したくない。

この気持に異論を唱える人はいないだろう。

 

僕にとってはきっと、ブログも同じようなものなのだ。

写真を撮るのとは、その記録方法がちょっと違うだけだ。

 

残しておきたいのがヴィジュアルであれば、写真を撮れば良いけど、「自分の思考」というものはそういうわけにはいかない。

PCを使ってキーボードを打たないと、ちゃんと残すことは出来ない。

「書きたいテーマ」のメモを取るなどして、あとで時間をとって文章にしたためる必要がある。

 

いわばブログを書くことは、僕にとって、体験や思考のスナップショットを残すことなのだ。

写真を一枚撮るだけでは「残せない」ものもある。

僕が「残しておきたいもの」「記録しておきたいもの」は、文章という形式に強く依存しているみたいだ。

 

 

サードプレイスの宿命

最近、スターバックスに行き過ぎて、家みたいな感覚になってきた。

これでは、サードプレイスとして通っている意味がない。

 

それよりは、あまり普段行かないコンビニのイートインの方が「特別な体験をしてる感」が高いぐらいだ。

 

最高のサードプレイスを見つけても、時間に応じてその効用は低減してしまう。

これはサードプレイスの宿命なのかもしれない。

 

なぜならサードプレイスの大前提として「優雅な時間を過ごす」「自宅では出来ない時間を過ごす」という目的があるから。

まるで自宅のように感じられてしまっては意味がない。

 

 

他にもいくつかのサードプレイスを持つべきなのかもしれない。

 

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「GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代」

「与える人」になりたい。

人の幸福のために生きてみたい。

 

そんなことを1年に1度は考えるけれど、だけど日常は流れて、そんな思いは埋もれてしまう。

 

今日は「ギブアンドテイク」という本を読んだ。

 

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もしかすると、これは人生を変える本なんじゃないだろうか?

 

思い立ったが吉日。

ということで、最近、友達と飲んで楽しかった居酒屋さんに、あんぱんを差し入れに行った。

 

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唐揚げを買い過ぎたので、街行く人にプレゼントしてみた。

(「え、本当に? やった!」と、かなり喜んでくれた)

 

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僕の心は幸福感に満たされた。

それなら、常日頃から「ギブする人」になることが出来たなら、どれぐらいの幸福感がもたらされるんだろう。

 

こんな生き方は、ものすごく楽しかもしれない。

 

空気を読む仕事って何?

会社勤め3年目。

 

僕はルールを重んじるタイプだった。

 

ルールになっていれば守るし、そうでなければ守ったり、守らなかったりする。

これを当たり前のことだと理解していた。

言ってみれば、律儀だけれど融通が効かないタイプ。

 

だってルールでないのならば、何故必ず守る必要があるのだろう?

守るか守らないか、個人の裁量に任されているからこそ、「非ルール」なのではないか?

そう理解していた。

 

だけど会社で働いていると、

「ルール化されていない合意形成」というものが数多く存在することに気付いた。

むしろ暗黙の合意形成なしには、仕事は進められないかもしれない。

 

以前は腑に落ちなかったけれど、そのことを段々と理解し始めた。

(別の言い方をすると、良かれ悪かれ、暗黙知を織り込んだ働き方にだんだんと適応し始めた)

 

思うに、そもそも何かをルール化するということは、かなりコストが高い行為だ。

逆に暗黙的な合意は、コストが低く、なおかつ仕事を円滑に進めることが出来る。

 

言ってみれば「空気を読んで仕事をする」ということなのだが、これを言語化することはなかなか難しい。

僕たちは実は「複雑すぎて言語化が難しい価値体系」の中で働いているのだと思う。

 人は本当に高度なコミュニケーション能力を使って、仕事をしていると思う。

 

働くってことは本当に面白くて、味わい深い。

自分自身の意識と、無意識と、他の人の意識と、無意識とが、相互に影響し合うもの。

少しずつそのドアを開けて、仕事というもののの醍醐味を味わい始めている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

人生で身につけておいて良かった三つの習慣 〜黄金の斧〜

 最近、「これは身につけておいて良かった」と思うものがある。

 

  • 読書の習慣
  • 文章を書くこと
  • 速読

 

の三つだ。

 

自分では当たり前のものになりすぎて、

これがスキル、強みなのだということにさえ普段は気付いていない。

 

ということに気付いた。

 

自分の強みというのは、案外自分には見えづらいものなのだと思う。

 

黄金の斧を持っているのに、家に飾るだけで使っていないというか。

攻撃力の高い武器を持っているのに、フル活用出来ていないというか、そもそも装備していないというか。すごくもったいない。

 

「良い武器があるなら、使えよ」って過去の自分に言ってやりたい。

 

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金の斧と銀の斧のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

読書の習慣

わりと本はよく読む。

小説や実用書を合わせて、人生で1000冊ぐらいは読んできただろうか。

 

読書というのは人にとって、ごくごくベーシックな行為だと思っていた。

だけど世間では、案外、本を読まない人も多いことに気付いた。

と言っても、僕から見える、ごく狭い世間の話だが。

 

たとえば人に洋書の翻訳書を勧めると「文体が固くて読みづらい」という感想が返ってきたりする。

自分が読むと「さらっと読みやすい」本も、人が読むと「厚くて読み応えがある」ものだったりするようだ。

 

特に最近では、運動、心理、脳科学、瞑想、キャリアの作り方、幸福学など、個人の生活を良くする上で、本当に良質な本が出版されてきて、なおさらこの習慣が役立つようになった。

 

文章を書くこと

小学生の頃、一風変わったテーマの作文を書いて、褒められたことがある。

中学生の頃、意識して文章を書き始めたのは詩や歌詞だった。

大人になって、今ではブログで文章を書いている。

仕事でも、学習のまとめをブログにアウトプットしている。

 

文章を書くこと、キーボードを叩くということ自体が、わりと好きだ。

その本質は「物を作っている」という感覚だ。

 

大人になってから、最近、クリエイティブな活動を何もしていないと思い込んでいたが、ブログを書くのも十分に「クリエイティブな活動」なのだと気付いた。

たとえば音楽を作ったり、ギターを弾いたり、油絵を描いたりするのと同じように、僕にとっての「クリエイティブな活動」は、テキストを書くことだったのだ。

 

やっている事自体はアウトプットだが、満足感、学習という意味では自分へのインプットになっている。

 

これも自分ではごく当たり前の習慣になっているのだけれど、

仕事で他の人に「1年間でこれぐらいのブログを書いた」というと、他の人から想像以上に褒めてもらうことが多い。

 

仕事を

仕事の勉強も「ブログにまとめる前提ありき」で進めていくと、すごくやりやすいんじゃないかと思った。

なぜなら「勉強している」と思うと辛いけれど、「ブログを書くためにやっている」と思うと、すごく楽しいからだ。

むしろアウトプット前提の勉強になるので、学習効率も上がる感じがする。

 

勉強は苦しければ苦しいほど、覚えられるというものでもない。

だからといって、嫌いなことを好きになるのも難しい。

だからそいつを自分の「好き」「強み」とミックスできると素晴らしい。

 

自分が「楽しい」「やりやすい」「好きだ」と思うのは、決して逃げじゃない。

実はそれが最も大事な「くさび」になるかもしれない。

速読

一時期、速読を独学で勉強していたので、読むスピードはわりと早めだ。

これも身につけておいて良かった。一度学んだらずっと役立つ生涯スキルだと思う。

 

魔法のような速読ではなくて、ビフォーアフターで3〜4倍になったぐらいではあるけれど。

 

読書スピードが遅いと、なかなか本を読むのにも腰が重くなってしまう。

興味のある情報を次々に吸収していくということがやりづらくなるだろう。

 

速読を学んで、リーディングのスピードが上がったのも良かったが、

何より良かったのは情報の取捨選択が上手に出来るようになったことだ。

読書中も、1冊の本や1行の表現にとらわれずに、自分に重要な部分を素早く見つけていくことが出来る。

 

強みの使い方

  • 新しい強みを作るよりも、既存の強みを見つけるほうが効果的かもしれない。
  • 「既存の強み」は、自分にフィットすることが証明されているので、使いやすいし、楽しい。
  • 「既存の強み」が中心にある行動をすると、他の領域の学習を進めやすい。

 

習慣のリストアップ

思い返してみると、人生33年も生きていれば、色々な練習をしてきたし、身についている習慣も多い。

 

ユーキャンで取れるような資格が全てではない。

むしろタイトルも何もつかない、無形のスキルが個人の大部分の資質を作っていると思う。

 

僕が身につけている習慣

  • 人を笑わせようとする習慣
  • 人の話を聞く習慣
  • 良い喋り方をする習慣 ( 喋り方は変えられる )
  • 物事をロジカルに考える習慣 ( プログラミングを続けていて習慣化した )
  • 寝る前にストレッチする習慣
  • 瞑想の習慣 - NEW!
  • 糖質制限- NEW!

もっと前からやっておけば良かった!

逆に身に着けていなかったり、身につけるのが遅くなった習慣もある。

  • 運動の習慣 - NEW!
  • 自炊の習慣 ( 優れた栄養を摂ること ) - NEW!
  • 人間関係に投資する習慣 - IMPROVE!