ブログは人生の実験場だ
最近、よくブログを書く。
そして日常とブログの関係性について、たまに考えている。
ブログは現実の記録だ
という考え方。
むしろブログのために現実はある
という考え方。
ブログと現実は相互作用する
という考え方。
今のところ
僕は、最後の「ブログと現実は相互作用する」という考えがしっくりきている。
この世界には、影響を与え合わない事柄は存在しない。
現実の一部はブログに書くことが出来るし、ブログを書くことも現実の一部だ。
ブログで現実に影響を与えるパターン
- 「あ、これブログに書こうかな」というテーマを日頃から、脳が探すようになる。
- 「これをブログに書くなら、どういう風にまとめようか」と考えるプロセスが発生する。これが思考に影響を与える。
- ブログを書かなければ、そのまま消えていったであろうテーマが、文章として表現される。
- キーボードに文章を打ち込むことで、頭で考えただけでは出てこなかった「思考の分岐」が生まれる。
- ブログを書く習慣自体が、日常の行動パターンの変化だ。
「ブログが人生を良くしてくれる」とか、自己啓発的なことを言いたいんわけじゃない。 だが、双方向で影響を与えあっているということを確認したいだけだ。
ブログと人生の関係
現実はカオス系だ。 「ブログを書く」という習慣ひとつを考えても、現実と影響を与えあっている。相互にリフレクト。
そして「変化が起きた現実」によって、さらに「ブログに書くテーマ」も必然的に変わり、またそれが現実に影響を与えることになる。
たとえどんなに小さな変化でも、変化は確実に起こっている。 「ブログを書く人生」と「ブログを書かない人生」では、かなり味わいが違ったものになるはずだ。
ブログを書くという行為は、自分の人生を利用した、いわば実験行為なのだ。
ただし、ブログに魂を奪われてはいけない
あくまでもブログは、人生(という名前のゲーム)を支えるツールであり、主体ではない。 主体は人生であり、ブログは客体だ。
これはあらゆるソーシャルメディアにも言える。