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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

人生の哲学を持てば人生は100倍楽になる

「人生の哲学」を持つ男は強い。(もちろん、女性も) だけど生まれてから僕は数十年、人生の哲学など、今まで持ったことはなかった。 たとえあったとしても「楽しく過ごす」とか「無理をせず過ごす」とか、そういう軽やかなものばかりだった。

だけどつい最近、僕は人生の哲学というものを、はじめて持ってみようと思った。

哲学というのは、決して自然に見つかるものではない。 自分にの心に問いかけてみて、はじめて分かる。自らすすんで探し出すものなんだ。 僕たちは哲学を持ちながら生まれてくるわけじゃなくて、生まれてから哲学を探すんだ。

「人生の哲学を持つ」ということ自体が、僕たちの宿題だ。 宿題をずっと先延ばしにしてはいないかい?

僕が考えついた「哲学」の候補は、次の通り。

  • 人よりたくさん失敗する
  • 練習すればうまくなれる
  • 人生は確率の問題
  • 最高のエンディングのために毎日を過ごす

これは心から本当に感じたものばかりだ。

生の哲学が見つかるかそうでないかは、何がその二つを分けているのだろう。 たとえば「哲学のある男」にあこがれて、自分も哲学を持とうとしても、すぐにそんなことは忘れて、今まで通りの生活を送ってしまう。 「こんな哲学は自分には合わないかな」と思って、馬鹿らしくなってしまう。 まるで宿題をやろうとしても、何度も諦めてしまう子どもみたいだ。

だけど人生の哲学を持たなければ、自分が何をしたいのかさえわからずに、そのまま人生が終わってしまうかもしれない。 哲学というのは羅針盤で、それがないよりあった方が、100倍も航海が簡単になる。 その羅針盤を見つけるためなら、たくさんの苦労だって良いのだと思うけれど。 長い目で考えれば、羅針盤のない航海こそ、果てしなく最も無為で苦しい物なのだから。

羅針盤を手に入れよう。

僕達が「人生の哲学」を見つけづらい理由は、きっとちょっとした面倒臭さ。そして、ちょっとした自暴自棄だ。 哲学を見つける作業を怠って、どれだけ人生をさまよってきたかを思い出してみよう。 その「面倒臭さ」が、僕たちを長くさまよわせている張本人なのかもしれない。

哲学を見つけるのは、そんなに大変なことじゃない。 ちょっとした手間をかけて、自分への問いかけをしてみれば良いだけなんだ。