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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

成長の果実の話 - 成長する意味が見つからなくなった人へ

成長することはとても嬉しい。

いちど成果が出れば、次はもっと成長したくなる。

 

いちど体験すれば、もっと成長という果実がほしくなる。

そうすれば、きっと、もっと気持ち良くなれるはずだから。

 

だけど、たまに考えてしまう。

そもそも、成長とは一体なんなんだろう。

 

たとえ成長を続けても、最後には人間は死んでしまうのだから。

ならば、このまま成長をせず最期を迎えても同じじゃないだろうか。

急に成長の意義が、真ん中が失われたように感じてしまう。

確かに前はそこにあったはずなのに、突然見つからなくなる。

 

成長という果実も、そんなに甘くないんじゃないだろうか。

という疑問を抱き始める。

 

だけど、君は気づいていない。

本当は、重要なのは成長それ自体じゃなかった。

「かつての問題が、問題じゃなくなる」ということだったんだ。

 

問題が問題ではなくなった瞬間に、それを君は成長という名前でラベリングする。そして喜びを感じる。

そして「成長が僕を気持ち良くしてくれた」と考えて、次の果実を探そうとする。

かつては、問題を解決することが目的であったのに、次は、成長そのものの甘さに味をしめて、それを探すようになってしまう。

つまり、本質がすっぽりと抜け落ちてしまう。

 

だけれと、次の成長はなかなか見つからない。

なぜなら、本質を見失っているから。

 

だから、成長の果実を探すのはやめよう。

もし他の問題があれば解決すれば良いし、もし見当たらないならば、過去や未来に生きるのはやめて、現在を十分に味わえば良い。

 

過去でも未来でもなく、現在に存在する。

それが生きるということなのだから。