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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

原価率を気にして料理を食べるのって美味しい?

原価率を気にして食べるのはやめないか。 なぜなら「原価率が高いもの」を食べても美味いとは限らないし、満足できるとは限らないからだ。 本当はいますごく魚が食べたいのに、原価率の高い肉を食べても「値段に対しての満足」は低くなる。 つまり得をしているようであって、実は損をしているのだ。

飲食店で原価率を気にするのは「金額の高いものほど、高い満足を得られる」という錯覚がベースにあるからだ。 「同じお金を払えば、同じ分の満足が得られる」という考え方からは離れた方が良い。 なぜなら、たとえば同じ曜日、同じ時間帯に同じ店に行って、同じものを食べたとしても、まったく同じ満足度を得られることは二度とはないだろう。 なぜなら、たとえ料理の値段や質は変わらなくても、我々の状態の方が刻一刻と変わっているからだ。 まったく同じ空腹度、まったく同じ健康状態、まったく同じ気分で同じものを食べるというシチュエーションは二度とはあり得ない。

ちょっと話は変わるが「本や漫画を買う」場合だって、同じ値段に対して同じ満足度を得られることはない。 たとえばKindleで半額セールをやっていて一気にシリーズ漫画を買うと、金額的にはすごく得をしたように思うかもしれない。 だけど「一気に買って一気に読む」ことによって、注意が散漫になり、あまり内容を楽しめないかもしれない。 この場合は「値段」あたりの「満足度」は、定価で買うよりも低かったということになる。 逆に定価で1日1冊ずつその漫画を買って読んでいった方が、ずっと満足を得られるかもしれない。

このように、たとえ同じ値段を払っても、同じものを買ったとしても、同じ価値を得られるということは、まずないのだ。 そして「価値」とは「体験」に対して支払うものだ。 たとえば見晴らしの良いカフェに入って飲むコーヒーが一杯1000円だったとしても、それはコーヒーに対してお金を払っているのではなくて「その店で過ごすひとときの体験」に対してお金を払っていることになる。 だから「満足度」を「原価率」で測ることはやめよう。 「体験」に対してお金を払うことを理解してみよう。その方がずっと適切なお金の使い方ができるはずだ。