スターバックスのオススメ 「トールサイズの抹茶のティーラテ オールミルク シロップ抜き ディカフェのショット追加」

毎回、レジで注文をためらうぐらいの長い注文だ。

 

4回に1回ぐらいはストレートな抹茶のティーラテではなくて、こいつを飲みたくなる。

 

店員さんにオススメしてもらったんだけど、

辻利の抹茶」(京都の有名なカフェ)みたいな渋い味わいになって、こいつが非常に美味い。

 

 

 

1年ぶりに訪れたBAR

久しぶりだった。

1年前にはちょくちょく顔を見せていた場所。

 

当たり前だが、スターバックスよりはずっと騒々しい店だ。

 

最近、またこの店に来たいと思いながらずっと二の足を踏んでいた。

店の前まで来ては「今日ではない」と踵を返したり。

店のことを思い浮かべながら「でも、行ったら行ったで虚しい気持ちになるかもな」なんてことを考えていた

 

だが遂に、今日は扉を開いた。

 

店に入った瞬間に「ああ、懐かしいな」という感覚を覚えた。

「ああ、嫌だな」と思う可能性の方がずっと高いと思っていたのだけれど。

 

いつも頼んでいた「王道ハイボール」を頼む。

すっかりお酒も弱くなって、1杯を飲むのに2時間かかった。なんとも経済的だ。

 

こういう場所で一番の危険は、人がたくさん増えてきて、「ひとりきりの孤独」を感じてしまうこと。

そうすると、もう来たくないという感想になってしまうだろう。

 

なので、17時頃に店に入って、店が混み始める前に帰った。

 

ある時は心地良く、ある時は心地悪い。

その両方の感覚を味わいながら、大げさに言うのならば、生きている感覚を噛み締めていた。

 

お酒を飲む時はついつい飲みすぎてしまうものだけれど、

自分が飲み過ぎだと思う25%ぐらいのレベルで止めておくと、酔っているような、酔っていないような、その境界線を行き来する、ふわっとした感覚を味わうことが出来る。

 

お酒を飲む技術というのは、この酔い具合を本当に節度のある、適度なレベルに漂わせておく技術なのだ。きっと。

 

f:id:yumainaura:20170910194449p:plain

 

1年前とは店内も変わっていて、前はただ通りにくかった店の隅に、シャレたカウンターが置かれていたりした。

 

f:id:yumainaura:20170910195009p:plain

 

 

ほつれ

睡眠をよく取っている。

食事も改善した。

瞑想を1年続けて、心理状態も飛躍的に安定した。

仕事もうまくいき始めている。

さらには、本当に苦手分野だった運動もし始めている。

 

そんな時にふと、人間関係について思い浮かぶ

家族や友人との連絡が希薄になっていることに気付く。

知り合いのあの人からも、その人からも返信がない。

新しい人との出会いもほとんどなくなっている。

 

ほつれ。

ほどけている部分に気付いたら、また結び直す必要がある。

 

人生は一筋縄にはいかない。

なかなか面白いじゃないか。

Remove all ads

JBL のblue toothステレオ「Authentics L8」を買った

6万円。

何度もヨドバシカメラに試聴しに行って、遂に注文した。

 

ヨドバシカメラの騒音の中で聴くのと、静かな家の中で聴くのとでは、かなり印象が違う。

すごく音の主張が強い気がした。

ベース音も強すぎて、音がぼやけているように感じる。

 

アプリから音のバランスを調整して、低音を低めにしたら良い感じになった。

 

最初の日は、どうにも音が際立ちすぎて、バックグラウンドミュージックには向かないかなと思って悩んだ。

ちゃんと耳を傾けて聴くのに向いているというか。

「良い音」「悪い音」というとは別に、音の「主張の強さ」というものがあるのだと、はじめて理解した。

 

だけど3日も経つと耳が慣れてきて「こいつじゃなくちゃ、音楽を聴きたくない」ぐらいの感覚になってきた。 

オーディオ機器がエイジングするというのは嘘で、耳のほうがエイジングするのだと思う。

 

ところでリモコンは付いていない。

スマホにつなげて使うんだから、スマホがリモコンでしょ?」っていう思い切りの良さを感じた。

 

ただiPhone側の音量設定がすごく荒いというか、適切なボリュームにするのが難しいので、iPhoneに音量微調整のアプリを入れた。

 

 

f:id:yumainaura:20170910092650p:plain

ヨガスタジオ「スタジオヨギー」に体験に行ってみた

お会計

 

レッスンが終わった時にお会計を請求されて、「えっ」ってなった。

体験申し込みをした時は、お金がかかるようなイメージはなかった。

 

「あ、体験のつもりで来たんです」

「無料の体験というのはやっていないんですよ」

 

店を出た後、改めてウェブサイトを見返してみると「体験でもお金がかかる」ということが、非常に分かりにくい表示になっていた。

これは経営戦略だ。

 

申し込みページなどでは、実際にお金がかかることは分からないよう、曖昧な表示にしておく。

そしてレッスンが終わった時に、

 

「えっ、お金かかるんだ」

「今回だけで1回3000円? 嘘でしょ」

「でも3回使える体験チケットは4500円で買えるんだ」

「それなら4500円の方にしてみよう」

「チケットも買ったことだし、3回ぐらい通ってみようかな」

 

こうやってなし崩し的にスタジオに通い始める、ある意味モチベーターとして動くシステム。

こういう必要悪なんだ、きっと。

 

 しかし消費税を入れるとほぼ5000円。

 

「だまされた」と、後からじわじわ来るダメージと、

スターバックスでいうと10回分ほどのお金が、月初に飛んで行ったのは痛い。

(まあ、月末に飛んで行っても同じように痛いんだろうけど)

 

スマホの家計簿に5000円と記入するのが辛かった。 

いつでもお金のことで辛いのは、自分が納得のいかない使い方をしてしまった時だ。

なので午後の2時間ほどは、そのことが頭をぐるぐると回っていた。

 

(レッスン開始ギリギリに行ったので、事前説明を受けられなかったというのもあるかもしれない。ごめんなさい。。)

 

レッスンについて

 

ところで肝心のヨガのクラスはというと、辛さもあり、学ぶこともあった。

チェーン店なので期待はしていなかったのだけど、ヨガを教える先生は「体の使い方」について、含蓄深いことをおっしゃっていた。

 

「ヨガをした後、強くなった体で、再び座ってみる」

「ヨガは心地良いことだと体に教えていく」

 

というようなことをおっしゃってた。

約90分のレッスンが終わる頃には、日頃は感じにくい爽快さを感じていた。

 

ただ、グループレッスンでは仕方ないことだと思うけど、なかなか難しい面もある。

それは、みんな、一斉に同じリズムで体を動かさなければいけない。

なので、どうしてもヨガというよりは、体操に近いものになってしまうんじゃないだろうか。

 

ヨガの醍醐味はたぶん

「自分のリズムで体を動かして、体の神秘を味わう」って感じだと思うのだけど。

グループレッスンだとそれがどうしてもやりにくい。

ひとりで自分のリズムで、ゆっくり心地よい部分なんか探していたら「え、あの人何?」って感じで、確実に浮いてしまうだろう。

 

こうやってレッスンで習ったポーズを、部屋でひとりでも出来るようになったら、面白いんだろうなと思った。

 

この5000円のもとを取るにはどうしたら良いか、と考えていたりする。

(実際には何かのキャンペーン中で税込み4000円ぐらいだった)

 

その後

 

気になっていた本が置かれていて、内容を確認できたことで500円ぐらい浮いた、と考えてみることにした。

 

f:id:yumainaura:20170902204750p:plain

 

(こんな行動を取っている時点で、まったく悟りなんか開けていないのだが)

 

f:id:yumainaura:20170902204803p:plain

 

全然関係ないけど、この世の中にはもっと高額なサービスもたくさんあるんだ、と思って、自分を慰めることにした。 

 

f:id:yumainaura:20170902205446p:plain

 

特別優待券は人にも譲れるみたいなので、

これで1000円ぐらい浮くと思うことにした。

(タダであげるにしても、友人が得をするということは、自分が得をするということだ)

 

f:id:yumainaura:20170902205039p:plain

 

 

 

TOSHIと洗脳と空と雲

その昔、もう20年前ぐらいだろうか。

 

X-JAPAN の TOSHI が洗脳を受けていると話題になっていた時、

本人がバラエティ番組でこんなことを話していた。

 

「たとえば空にはソラという名前が付いているけど、僕たちがそれにソラっていう名前を付けて呼んでいるだけで、本当はなんでもないもの、なんだかよく分からないものじゃないですか」

 

というようなことを。

 

この話を聞いて、ぽかーんとする司会者やコメンテーターたち。

(番組のエフェクトで全員の頭の上に「はてなマーク」が付与されていた)

 

だけど僕はこの話が、ある程度腑に落ちた。

 

「ソラ」というのはあくまでも人間が付けた名前。

そこに「クモ」があって「アメ」が降ったりする。

だけどその全ては、人間が都合の良いように、その「機能」に対してラベリングをしただけのものだ。

 

だから、もし言葉というラベルをすべて外してしまったら、

きっと空に対しても、雲に対しても、今までとは全く違う見方になるはずだ。

というよりも、たぶん空や雲という区切りさえも曖昧になるか、消滅してしまうことだろう。

 

このTOSHIの言葉が、元は誰の思想かは知らないけれど、物事の本質を突いていると思う。

(いや「物事でないもの」の本質とでも言おうか)

 

だけど、この話を聞いてぽかーんとするということは、

僕らの多くは本当に「人が付けた名前」とか「人間が物事に与えた役割」の世界に生きているんだなと思った。

「名前付けが存在しない世界」なんて、思い出すのさえ一苦労だろう。

 

ところで、洗脳騒動よりも前に発売された「碧い宇宙の旅人」は本当に癒される良いアルバムなので、ぜひ聴いてみてほしい。

 

f:id:yumainaura:20170902064050p:plain

 

音楽は恋愛に似ている

音楽を聴くのは恋愛に似ている。

 

世の中には無数の音楽が存在するけれど、いちどに聴ける曲、いちどに愛せるの曲ただひとつだけ。

ひとつの曲を聴きながら「他の音楽を聴きたい」なんて空想にとらわても、目の前の音を愛することは出来ない。

全ての音が浅く聞こえてしまうだろう。

 

仮にいま聴いているものが、その時に最高の音楽ではないと思えても。

「世界中には、もっと今の自分にふさわしい音楽が存在する」ということが、仮に、理論的には実証できるにしても、いま目の前にある音楽を聴くことは美しい。

 

最近では音楽の「アルバム」という概念が希薄だ。

だけど、たとえば昔ながらの1枚のアルバムの中には、色々なナンバーがある。

 

最初から最後まで通して聴いていると、途中には面白くない曲もあるかもしれない。

だけどそこで再生を止めたり、スキップしたりしない。

嫌いな部分が見えてきても、理解してみよう、まずは受け止めようという努力をしてみる。

そうすれば、好きになれる部分があるかもしれない。

 

あとは、距離感の問題がある。

目の前にある音楽にはまりこむのではなく、逆に無関心になるのではなく、お互いの間に適度な距離を見つけたい。

なぜなら、音楽と自分とをつないでいるのは「関係性」だから。

良い距離感を見つけられた時は、音楽と自分の関係性が、ぐんと良くなったような感じがする。

 

 愛する人と接するように、音楽を聴く。

これが音楽を聴く時のコツだと僕は思っている。