空気を読む仕事って何?

会社勤め3年目。

 

僕はルールを重んじるタイプだった。

 

ルールになっていれば守るし、そうでなければ守ったり、守らなかったりする。

これを当たり前のことだと理解していた。

言ってみれば、律儀だけれど融通が効かないタイプ。

 

だってルールでないのならば、何故必ず守る必要があるのだろう?

守るか守らないか、個人の裁量に任されているからこそ、「非ルール」なのではないか?

そう理解していた。

 

だけど会社で働いていると、

「ルール化されていない合意形成」というものが数多く存在することに気付いた。

むしろ暗黙の合意形成なしには、仕事は進められないかもしれない。

 

以前は腑に落ちなかったけれど、そのことを段々と理解し始めた。

(別の言い方をすると、良かれ悪かれ、暗黙知を織り込んだ働き方にだんだんと適応し始めた)

 

思うに、そもそも何かをルール化するということは、かなりコストが高い行為だ。

逆に暗黙的な合意は、コストが低く、なおかつ仕事を円滑に進めることが出来る。

 

言ってみれば「空気を読んで仕事をする」ということなのだが、これを言語化することはなかなか難しい。

僕たちは実は「複雑すぎて言語化が難しい価値体系」の中で働いているのだと思う。

 人は本当に高度なコミュニケーション能力を使って、仕事をしていると思う。

 

働くってことは本当に面白くて、味わい深い。

自分自身の意識と、無意識と、他の人の意識と、無意識とが、相互に影響し合うもの。

少しずつそのドアを開けて、仕事というもののの醍醐味を味わい始めている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

人生で身につけておいて良かった三つの習慣 〜黄金の斧〜

 最近、「これは身につけておいて良かった」と思うものがある。

 

  • 読書の習慣
  • 文章を書くこと
  • 速読

 

の三つだ。

 

自分では当たり前のものになりすぎて、

これがスキル、強みなのだということにさえ普段は気付いていない。

 

ということに気付いた。

 

自分の強みというのは、案外自分には見えづらいものなのだと思う。

 

黄金の斧を持っているのに、家に飾るだけで使っていないというか。

攻撃力の高い武器を持っているのに、フル活用出来ていないというか、そもそも装備していないというか。すごくもったいない。

 

「良い武器があるなら、使えよ」って過去の自分に言ってやりたい。

 

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金の斧と銀の斧のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

読書の習慣

わりと本はよく読む。

小説や実用書を合わせて、人生で1000冊ぐらいは読んできただろうか。

 

読書というのは人にとって、ごくごくベーシックな行為だと思っていた。

だけど世間では、案外、本を読まない人も多いことに気付いた。

と言っても、僕から見える、ごく狭い世間の話だが。

 

たとえば人に洋書の翻訳書を勧めると「文体が固くて読みづらい」という感想が返ってきたりする。

自分が読むと「さらっと読みやすい」本も、人が読むと「厚くて読み応えがある」ものだったりするようだ。

 

特に最近では、運動、心理、脳科学、瞑想、キャリアの作り方、幸福学など、個人の生活を良くする上で、本当に良質な本が出版されてきて、なおさらこの習慣が役立つようになった。

 

文章を書くこと

小学生の頃、一風変わったテーマの作文を書いて、褒められたことがある。

中学生の頃、意識して文章を書き始めたのは詩や歌詞だった。

大人になって、今ではブログで文章を書いている。

仕事でも、学習のまとめをブログにアウトプットしている。

 

文章を書くこと、キーボードを叩くということ自体が、わりと好きだ。

その本質は「物を作っている」という感覚だ。

 

大人になってから、最近、クリエイティブな活動を何もしていないと思い込んでいたが、ブログを書くのも十分に「クリエイティブな活動」なのだと気付いた。

たとえば音楽を作ったり、ギターを弾いたり、油絵を描いたりするのと同じように、僕にとっての「クリエイティブな活動」は、テキストを書くことだったのだ。

 

やっている事自体はアウトプットだが、満足感、学習という意味では自分へのインプットになっている。

 

これも自分ではごく当たり前の習慣になっているのだけれど、

仕事で他の人に「1年間でこれぐらいのブログを書いた」というと、他の人から想像以上に褒めてもらうことが多い。

 

仕事を

仕事の勉強も「ブログにまとめる前提ありき」で進めていくと、すごくやりやすいんじゃないかと思った。

なぜなら「勉強している」と思うと辛いけれど、「ブログを書くためにやっている」と思うと、すごく楽しいからだ。

むしろアウトプット前提の勉強になるので、学習効率も上がる感じがする。

 

勉強は苦しければ苦しいほど、覚えられるというものでもない。

だからといって、嫌いなことを好きになるのも難しい。

だからそいつを自分の「好き」「強み」とミックスできると素晴らしい。

 

自分が「楽しい」「やりやすい」「好きだ」と思うのは、決して逃げじゃない。

実はそれが最も大事な「くさび」になるかもしれない。

速読

一時期、速読を独学で勉強していたので、読むスピードはわりと早めだ。

これも身につけておいて良かった。一度学んだらずっと役立つ生涯スキルだと思う。

 

魔法のような速読ではなくて、ビフォーアフターで3〜4倍になったぐらいではあるけれど。

 

読書スピードが遅いと、なかなか本を読むのにも腰が重くなってしまう。

興味のある情報を次々に吸収していくということがやりづらくなるだろう。

 

速読を学んで、リーディングのスピードが上がったのも良かったが、

何より良かったのは情報の取捨選択が上手に出来るようになったことだ。

読書中も、1冊の本や1行の表現にとらわれずに、自分に重要な部分を素早く見つけていくことが出来る。

 

強みの使い方

  • 新しい強みを作るよりも、既存の強みを見つけるほうが効果的かもしれない。
  • 「既存の強み」は、自分にフィットすることが証明されているので、使いやすいし、楽しい。
  • 「既存の強み」が中心にある行動をすると、他の領域の学習を進めやすい。

 

習慣のリストアップ

思い返してみると、人生33年も生きていれば、色々な練習をしてきたし、身についている習慣も多い。

 

ユーキャンで取れるような資格が全てではない。

むしろタイトルも何もつかない、無形のスキルが個人の大部分の資質を作っていると思う。

 

僕が身につけている習慣

  • 人を笑わせようとする習慣
  • 人の話を聞く習慣
  • 良い喋り方をする習慣 ( 喋り方は変えられる )
  • 物事をロジカルに考える習慣 ( プログラミングを続けていて習慣化した )
  • 寝る前にストレッチする習慣
  • 瞑想の習慣 - NEW!
  • 糖質制限- NEW!

もっと前からやっておけば良かった!

逆に身に着けていなかったり、身につけるのが遅くなった習慣もある。

  • 運動の習慣 - NEW!
  • 自炊の習慣 ( 優れた栄養を摂ること ) - NEW!
  • 人間関係に投資する習慣 - IMPROVE!

 

職場を遊び場にする 〜内発的動機と外発的動機〜

「職場を遊び場にしたい」

 

1ヶ月に1度ぐらい、このコンセプトが思い浮かぶ
僕個人にとってこのキーワードは、働き方として最高のものを表現している。

 

「仕事でキャリアを積み上げる」とか「バリバリお金を稼ぐ」とか、世間一般的な目標よりもコミットできる気がする。

なおかつ「それなりに働く」「お金さえもらえれば良い」など、マイナスの目標よりもずっと魅力的だ。

 

たとえばプログラミングが根っから好きなエンジニアは、趣味をしながらお金をもらっているだけで、決して仕事をしているわけではない。

世の中には、優れた職業人で「人生でいちども働いたことがない」という感覚の人さえいるらしい。

 

そんな感じ。 

 

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ブロック遊びをしている子供のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

内発的動機

人は「内発的動機」がないと、絶対に動かないように出来ていると思う。

 

仮に、一時的に自分が思ってもいないような外発的動機をでっち上げても、絶対に長続きはしない。
モチベーションはごく短命に終わる。それは身にしみて、経験で分かっている。

不味い食事でダイエット続かないのと同じように。

 

自分がコミットできない目標を作っては、2、3日で炎が消えたことがなんと多いことか。

(時には数時間、数秒でその炎は消えてしまう)

心理と仕事の整合性

こんなことを考えたのは、

「自分の個人的な目標」と「仕事上の目標」の間で、どうにか整合性を付けたいと思ったからだ。

 

たとえば「社内での評価を高めよう」という、仕事上の目標があったとする。
それなら「社内の人ともっと関わる」という直接的な行動を取るのは、近道のように思えるだろう。

 

それがなかなかうまく行かない。

なぜなら、この目標に対して、心理的にコミットできない自分がいるからだ。
目標にコミット出来なければ、行動にもコミットすることが出来ない。

 

「自分の評価を上げよう」という動機で人と関わることが出来ない。

だけど評価を上げたり、評価を上げるような働き方をしていく必要はある。

どうすれば良いか?

 

もちろん

「良い仕事をするために、他の人とより強く関わる」

「結果的に会社での評価も上がる」

という風に考えることも出来るかもしれない。

「結果は後から付いてくる」というように。

 

だが「良い仕事」とはそもそも何なのか。

それは僕の場合「眼の前のPCと向き合う」というイメージがどうしても強い。

橋渡しをする

「コミットできないなら、そもそもやらなければ良いじゃないか」と思うかもしれないが、
「仕事のキャリアとして必要だ」ということと「個人の心理的に抵抗がある」という現象は同時に起こる。
というよりも、まさに仕事の仕方を変える上で最大のブロック要因となるのが、この「外側」と「内側」のギャップだと思う。

 

だから大事なのは、どうやって「社会的(外的)な目標」と「内発的な動機」をミックス出来るか。橋渡しが出来るかということだ。
その上で「職場を遊び場にする」というコンセプトは、うまい具合に働いてくれるんじゃないかと思った。


少なくとも、その他の全くコミットできない動機よりは、はるかに豊穣なテーマに思える。

 

- 社内の評価を高めたい => 評価が高まるように社内の人と関わろう (行動は直接的だが、全くコミットできない)
- 社内の評価を高めたい => 社内の人と普通に仲良くしたいから、そうしよう (中程度にコミット出来るが、まだパワーが弱い)
- 社内の評価を高めたい => 職場を遊び場にしよう (強くコミット出来る。職場を遊び場にしようと思うなら、周りの人と関わるのは自然なことだ)

 

 

究極の「人生RPG化」本 | LIFE SHIFT(ライフ・シフト) 100年時代の人生戦略

保険屋さんに勧められて、普段読まないジャンルの本を読んだ。

また新しい世界が開けそうな気がした。

 

そして、人生に希望を持たせてくれる強力な本だと思った。

 

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人生に対する価値観が人生を決める

僕の個人的な話。

自分は昔から、ちょっと世の中を一歩引いて見ているというか、物事に対してあまり熱くならないタイプだった。

「洗脳に強いタイプ」とでも言おうか。

あまり世間には流されない性格だった。

 

「たとえばどんなに良い人生を送ったって、最後にはどうせ死んでしまうんだよな」という思考が数秒で浮かぶことが多かった。

悪いと言っているのではない。これはひとつのコインの表と裏。強みでもあり弱みでもあると思っている。

 

なので人生を良くしようとか、仕事でキャリアを作ろうとかいうことに、なかなかモチベーションを持てなかった。

だけどこの本を読んで「人生というゲームの楽しみ方はこうだ」と教えられている気がした。

 

1年前からの瞑想で心理状態が安定し、食事の改善で健康状態が安定し、運動もやり始めた。

個人的なエネルギー状態は向上しているのだけど、人間関係に大きな穴が空いていると気付き始めた頃だった

 

ちょうど読んだタイミングも良かったのだろう。

自分が描く地図に、大きな穴がある。

そいつを補完してくれそうな本だと思った。

 

(優れた本を読むたびに、自分に欠けていたものに気付かされる気がする)

 

人生は希望があるから面白い

このことは薄々気付いてはいた。

人生を楽しめるのは、きっと、人生に希望を持っている人だ。

 

人生に希望があるからこそ、仕事のキャリアも作るし、貯蓄もするし、健康面にも気をつけて、長生きを楽しもうと思う。

逆に人生に対して浮き草のようなイメージを描いていれば、

 

根本的には、僕は「人生」という概念自体が仮のものだと思っている。

だけど「人生(仮)」というゲームをより楽しめるのは、案外悪くないかもしれない。

 

人間関係は無形の資産だ

本に書かれていた中で、これが一番印象に残ったキーワードだ。

 

人間関係は資産の一種類。

だから、そこには「育てる」「投資」というロジックが働く。

こう言ってしまうとドライに聞こえるかもしれないが、人間関係が資産だと思った瞬間に、人間関係に対して希望が湧いてきたから不思議だ。

(僕の脳の中で、どんなプロセスが働いたのかは、まだ言葉にできない。「理解」という仕組みは本当に不思議だと思う)

 

そう考えると、僕は今まで人間関係という資産に、いかに無頓着で、投資をしてこなかったかということに気付かされる。

家族との関係、友人づくり。どれも熱心にはおこなわなってこなかった。

「ひとりでも生きていけるし、むしろ誰にも知られず、誰も悲しませずに死にたい」と思うぐらいだった。

 

だが人生において幸福度が高い人に共通するひとつの要素は、強力な人間関係を築き、強い社会的なつながりがあるようだ。

だからこれから「人はひとりでは生きられない」ということを、少しずつ学んでいくのも良いと思う。

 

人生に対する心的イメージ

 

ところでなぜ、キーワードひとつで、物事に対する理解が180度変わってしまうのだろう。

 

皮肉な見方をすれば「ただ言葉に踊らされている」のかもしれないが、逆に僕らは、普段から「無意識に信じている、古い言葉」に踊らされているのかもしれない。

古い心的イメージに引きずられて、真実(もしくは、真実により近い形)を正しく理解していないのかもしれない。

 

どちらにせよ世界をひとつの方法で理解するならば、より幸福度の高い理解をした方がはるかに良いはずだ。

人生には希望が持てないより、希望が持てた方がこのゲームは楽しくなる。

 

 

スターバックスのオススメ 「トールサイズの抹茶のティーラテ オールミルク シロップ抜き ディカフェのショット追加」

毎回、レジで注文をためらうぐらいの長い注文だ。

 

4回に1回ぐらいはストレートな抹茶のティーラテではなくて、こいつを飲みたくなる。

 

店員さんにオススメしてもらったんだけど、

辻利の抹茶」(京都の有名なカフェ)みたいな渋い味わいになって、こいつが非常に美味い。

 

 

 

1年ぶりに訪れたBAR

久しぶりだった。

1年前にはちょくちょく顔を見せていた場所。

 

当たり前だが、スターバックスよりはずっと騒々しい店だ。

 

最近、またこの店に来たいと思いながらずっと二の足を踏んでいた。

店の前まで来ては「今日ではない」と踵を返したり。

店のことを思い浮かべながら「でも、行ったら行ったで虚しい気持ちになるかもな」なんてことを考えていた

 

だが遂に、今日は扉を開いた。

 

店に入った瞬間に「ああ、懐かしいな」という感覚を覚えた。

「ああ、嫌だな」と思う可能性の方がずっと高いと思っていたのだけれど。

 

いつも頼んでいた「王道ハイボール」を頼む。

すっかりお酒も弱くなって、1杯を飲むのに2時間かかった。なんとも経済的だ。

 

こういう場所で一番の危険は、人がたくさん増えてきて、「ひとりきりの孤独」を感じてしまうこと。

そうすると、もう来たくないという感想になってしまうだろう。

 

なので、17時頃に店に入って、店が混み始める前に帰った。

 

ある時は心地良く、ある時は心地悪い。

その両方の感覚を味わいながら、大げさに言うのならば、生きている感覚を噛み締めていた。

 

お酒を飲む時はついつい飲みすぎてしまうものだけれど、

自分が飲み過ぎだと思う25%ぐらいのレベルで止めておくと、酔っているような、酔っていないような、その境界線を行き来する、ふわっとした感覚を味わうことが出来る。

 

お酒を飲む技術というのは、この酔い具合を本当に節度のある、適度なレベルに漂わせておく技術なのだ。きっと。

 

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1年前とは店内も変わっていて、前はただ通りにくかった店の隅に、シャレたカウンターが置かれていたりした。

 

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ほつれ

睡眠をよく取っている。

食事も改善した。

瞑想を1年続けて、心理状態も飛躍的に安定した。

仕事もうまくいき始めている。

さらには、本当に苦手分野だった運動もし始めている。

 

そんな時にふと、人間関係について思い浮かぶ

家族や友人との連絡が希薄になっていることに気付く。

知り合いのあの人からも、その人からも返信がない。

新しい人との出会いもほとんどなくなっている。

 

ほつれ。

ほどけている部分に気付いたら、また結び直す必要がある。

 

人生は一筋縄にはいかない。

なかなか面白いじゃないか。

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