いなうらゆうま yUmaiNaURA

kanji is 稲浦悠馬 という 記号の記録 らしい

そして誰もいなくなった 2019-03-25

「あなたの大事なフォロワーが大幅に減りゆきますように」 ( 競合Twitterの願掛け )

生命はひとつであるというモデルを、まだこの生命は、うまく描けずにいる。

家に帰りたくない時は、やはり社会との心理的つながりを、求めている時なのだろうな。

とても眠いけれど、昼寝には帰らない。と言っても、誰と話すわけでもなく、マクドナルドで見知らぬ人たちのざわめきの中で過ごすだけではあるのだけれど。

仮に愛が神経物質だからといって、誰もその存在を、否定することはできない。

神経ホルモンっていう言葉は本当にあるんだろうか?とググる自分が残したGoogleChromeのタブが、すこしかわいいなと思ったマクドナルド、昼下がりの12時過ぎのことであった。

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なぜいつまでも果てしなく愚痴を言う人を見ると、イライラとするのか。

要するに人間の脳は変化を好む。変化のなさには耐えられないように出来ている、それけではないだろうか。

アイデンティティ問題を克服してから死ぬのと、そうでなく死ぬのとでは、死にも雲泥の差があるであろうという、妄想に溺れる、とある禅師。

長い夏休みは、1ヶ月も経つと飽きてしまうだろうと、小学校時代、国語の先生が言っていた。

果たして本当だろうか。一人遊びのスキルが低いせいだけじゃないかと思ったりする。

Twitterは孤独を癒やすためには、素晴らしいツールだ。

だがその癒やし方には、ちょっとしたコツも要る。秘訣を知りたいって? 19800円で情報商材にしましょうか?

ふっと有益だったTwitterが色あせて、無益なTwitterになる瞬間があるんだよな。

スイッチングする時はほんの1秒で起こったりする。この波を決して見逃さずに、Twitterに行ったり、帰ったりしたいんだよな。

Twitterは1日のスタートアップとしても使えるのではないだろうか。

さえずりで体を温めて、体があたたまってきたら、プログラミングなどを始めれば良い。

あの人、人の愚痴ばっかりで嫌になるよね、という人のも愚痴。

朝の集中レベルが一番高い時間帯に、もっとも重要なことをすること。

つまり、Twitterだ。

まったくどうでも良い話だが、Twitterアカウントによく使われる「名前 |

肩書」という表記のパイプが気になるプログラマは、多いことだろうかどうかは、知らないが、シェル芸人なら確実にそう思う。

自分の経験など大海のほんのひとしぶきであるにも関わらず、まるで大海そのものに感じられるということは、究極の不思議だよなあ。

職をなくすことがどれほど辛いかというと、やや辛いことと、ほとんど辛くない時がある。

まったくつらみを感じない瞬間の方がはるかに多いので、とりあえずは、考えすぎなければ大丈夫かなあとは思っていたりする。

俺は自分の中の動物に任せる。

癒やしや眠りも全て。意識が手を出せることは何もない。

1日の中で最も調子が良い時は、人生が希望に満ち、最も眠い時は、失意にあふれている気がし、つまり人生なんて幻想、存在しないものだと語る、この時は既にとても眠く、瞬間瞬間の自分の言葉のスペルでさえ、メタ苦悩を引き起こし。

思考レベルが高すぎて、とTwitterで言われたことがある。

そう、システムエンジニアはロジカルに考える。だがこの自信をあらかたもなく吹き飛ばしてくれたのが、4年間勤めた会社でもあった。職業エンジニアの抽象思考レベルは半端じゃない。

ものすごく調子が良い時と、調子が悪い時と、それが大きなバイオリズムで、交互に訪れることさえ理解していれば、本当に不調の中で、じっとしていることにも、罪悪感を持たずに、希望が持てる、ただじっとしてさえいれば良いのだから。

耳栓をしてなお、けたたましい、マクドナルドの雑談の、轟音の中、禅を見出すことは、果たしなく難しく、体内の気圧変化や、アイデンティティ問題や、妄想や、呼吸や、自律神経の変化や、様々なものが私の体を主戦場として、波を打っている。

自分を傷つけることで強まる強さはない。

最も出来る人は、最も人にコンプレックスを感じさせる人でもある。

残りの人生の全てをTwitterに費やしたら、親は泣くだろうか?

まこと「自己改善のフェイクなんていらないんだよ」

たかし「でも、嘘から出た誠っていう話もあるよ?」

APIを叩くにはpythonruby と、シェルと、 jq が少し使えれば良い。

だけど3種類程度の道具の組み合わせだけで、随分と問題が楽になるものだ。ツールボックス理論は最強なり。

毎日、新しく世界の法則を見つけ、これで少しは生きやすくなるかと思いきや、それよりもはるかに速いスピードで、肉体が朽ちてゆくのは、なんとも口惜しいことではあると思う。

どこからやったら良いかわからないから、やらない。

すごい人という表現が嫌いだ。

誰かをすごいと言った瞬間に、その他の人を、すごくないと言っているも同じだから。

断捨離で一番捨てたいものと言えば、自我である。

これを世間では瞑想と呼ぶ。

持続的な失意の中にさえいなければ、希望はある。

時には、妻と深く人生について語りたいのだが、妻そういうタイプじゃない。

人間活動のあらゆる側面に、準備体操が有効だという理由が、どうしても理解しがたい。

コンピューターに慣れきった思考経路。

このまま就職活動などせずに、永遠にスターバックスで生きられるような気もしてきたのだけれど、気のせいだろうか?燦々と太陽は降り注いでいるし、MacBookでキーボードを叩いているだけで、人類に何らかの貢献はしているのではないだろうか。

最終出社日まであと2日間。

もうすっかり仕事をやめた気になって、出勤することさえ忘れそうだから、なにかと危ない。自戒。個人的心情としては、飛ぶ鳥跡を濁さずの心得で、なるべく誰にも気づかれることなく、ひっそりと消えたくはあるが、頑張れ社会人。

Twitterでアカウント名に相互フォローと書いている人のフォロー数が2ぐらいで、とこしえの闇を感じたことならあった。

逆にフォロワーは3000人ぐらいいた。

家族が衰え、妻も衰え、夫も頬がシワシワになり、ひどく不細工になり、鏡で見たくない体になったとしても、目を閉じるだけで世界も消えるし、あまり大きな問題ではないような、そんな気がしてくる、湯船の中。

もう夜のマクドナルド、1時間かけて、ようやくプチ自律神経混乱的な状態から、這い上がってきた感じがあった。

周りも静かになってきて、風も何故か少しそよぎ、涼しい。やはり聴覚により体力がガリガリと削られる部分はありそうだ。本当にガリゴリガリッと。

会社員の良さは、勤続年数が長くなればなるほど、後々に年収も上がり、資金回収ができるところだという話を、僕の周りではよく聞いたものだが、会社自体の生存が不安程度を増す中で、会社員でいる金銭的メリットも、なかなかに下落の一途ではあるだろうな。

shell script が何故か syntax エラーを起こすと思っていたら、ひたすらに python

で走らせようとしていた、こんなこと、ありませんか、ありますよね。

人から離れるのも断捨離だと思うが、決して未来永劫離れる必要があるわけじゃない。

たとえばLINEのやり取りも、満足したら、それ以上ベタベタとせず、さっと離れて自分の仕事に戻る。それだってリッパな断捨離である。

自分自身という人材を客観視して、会社組織側から見たらどう思うかの実験をすると、なんとも微妙な気がしてくるが、そもそも自信というものがまったくない自分が、客観視などおこなえば、主観の色がにじみ出ないわけはない。

全画面表示って、ものすごく心が落ち着くことに気づく。

シングルアプリケーション。今までなんで気づかなかったのか、不思議なぐらいに。 image

人が人を想う、多幸感のある一瞬でさえ、単にホルモンの働きである思うと、しみじみと。

ホルモンは好きです。

たとえば僕は愛されるに足らない人間なんだと一瞬感じる時の神経ホルモンと思考のミクスチャの働きは、いったいどれほど複雑で統合的な芸術であることだろう。

自分が認めている人に認められるということは、とても嬉しいことである。

なかなか脳のハッキングから逃れられない。

気分良く昼寝をして、午後は最高の時間になりそうだと思いきや、近所のマクドナルドまで歩いて、ほっと一息つくまでの間に、体力や注意力のかなりの部分を、使い果たしてしまう感じがある。弱々しい禅。

罪悪感の強い人は、半分ぐらいに差し引いて考えたら良いと思うけれど、ヤツは脳をハッキングしてくるので、なかなかに難しい。

君はまだまだjsonのことが分かってないね、ゼロ君。

顔を洗ってハッシュしなさい。

お金の不安というのは、お金のことを考えることから、発生するんだよなぁ。

考えなければ発生しない。当たり前ではあるけれども。

Vimを愛するのは効果効率のためではなく、プログラマとしての一瞬一瞬の幸福感のためであろうなとは思う。

最終出社日まであと二日。とあるRuby開発エンジニアのダイヤモンドは砕けない。#転職 #ノベル

仕事をやめるまで、あと2日。なかなかの気まずさを感じずにはいられない。これがみずから望んだ、完全な円満退社であれば、何の問題もないのであろうが。かといって大きな問題を引き起こして、トラブルにより放逐されるというわけでもない。ただ時流である。大きな流れの中で、身を退くのみ。と、仕事の契約に関しては、あまり具体論は避け、抽象論に尽きるざるを得ない。それが社会人としてのマナーだという、社会の暗黙の掟があるとかないとか。ところでこの残りの2日間というのは、300人程度の大家族から、放逐を待つ2日間でもある。なんともネガティブ表現ではあるが、自分の肌感覚が感じていることを文章表現するならば、おそらくそういうことになる。僕は全ての35歳のWeb開発者を救う人類希望の星になりたいが、今はそんなことはどうでも良い。ただただインクの染みを残す、その作業に没頭するのみ。そういえば爪が少し伸びており、MacBookAir2018を叩く指が、少しだけキーボードに引っかかるな。そういえば今は2019年だっけ。なぜ西暦は存在するのだろう。人類のタイムゾーンの扱いは、今後も健全に運用されていくだろうか。あれはなかなかに闇の歴史でもある。さて、なんだっけ。35歳Ruby開発エンジニアの再就職の旅は、まだ始まったばかりだという、記念作品。記念碑を残せ、墓碑銘は海老フライ。

仕事をやめても社会保障の料金はかかるのだ。

最終出社日まであと1日。明日で退職である。ひとつ落とし穴だったのは、あと1年は今の蓄えを大事に、死なない程度のスターバックスを続ける道もあるかと思いきや、社会保険料というものの存在を忘れていた。人間は生きているだけで家賃や食費だけではなく、社会に参加する費用も発生するのであった。これで1ヶ月に数万円は飛んでいくという、思いのほか、計算違い。なかなかに世間は退職者にゆっくりとはさせてくれない。社会制度に弱いと、こういうところで泣きを見る。まあ、お金の問題に底の底まで向き合って、マインドフルネスの訓練をする機会とでもしようか。まったく世界全体かのように脳を取り込んでくるお金の問題に、敢然と前頭葉にて立ち向かうのだ。まあまあ。ところで国民保険というものも、前年度の収入によってかかってくるものだ。どうやら雇用保険を2年間は、退職後であっても、延長できる制度もあるらしい。その損益分岐ポイントやらを調べてみたところ、どうやら、僕の収入であると、どちらでもあまり変わらないような気もした。なかなかの誤算ではあるが、失業保険も自分の想定よりは1ヶ月長く、金額も多めに出るかもしれず、なんとかプラスマイナスで、蓄えを減らさぬことさえ出来るのではないだろうか。最も心配なのは、せっかくの自由な時間があるのにも関わらず、お金の問題に切磋琢磨して、まったくそれを謳歌できないということである。果たして心理状態がどうなるかは、試してみなければ分からない。しかし本当に、1ヶ月は有給期間でゆっくりとできるかと思いきや、やれ色々な事務手続きや、求職の準備やらを進めていくと、なんだかんだと時間など一瞬で経過してしまうような気もする。自分の理想としては心理的不安なくして、まるで自由な1年間を、朝一回きりのスターバックスに通ったり、プログラミングをしたり、Twitterやら文章を書いたり、静寂の中でひさしぶりの読書をしたり、1ヶ月の禅の修行に出かけたりして、思うままに過ごしてみたい気もするのだけれど。それもこれも、お金に問題に注意を払うか、もしくは、お金の問題から心理が自由になっておく必要はあるであろう。なにはなくとも人生の岐路というものに立ち、色々と普段はできないことを、しても良い時期だとは思えど。このさきどうなることやら、乞うご期待、愛すべき自分読者様へ、ゼロを込めて。

プログラミングが死ぬほど嫌いになりかけたという、とある大先輩の話を思い出す。

いろいろと辛いことがあったのだという。いまでいうシンリテキ・アン・ゼンセイというやつが、まるでない職場だったのだと。古い話ではあるけれど。僕はプログラミングが好きかどうかというと、もしこれが就職面接であれば、大好きですと答えるだろう。いや僕はわりと正直者なので、正直に、他の人よりは、好物としませんが、それでも仕事をこなすことは、できますよと、いかにも実直さを感じさせる答えを差し出して、そして不採用の通知をいただくかもしれない。

僕がQiitaで転職ポエムを書き綴っていると、TwitterのDM経由で

Ruby on Railsのリードエンジニアを探しているという声が‥。#ポエム #転職 #ノベル ところで僕が35歳の転職ノベルをQiitaで書き綴っていると、TwitterのDMで連絡があった。東京の会社でRuby on Railsのリードエンジニアを探しているのだという。僕は大阪住まいだが、リモートで30分だけ話をしてみることにした。普段であればbot的なスパムであろうとスルーするのであろうが、職を捨てたこの境遇である。何らかの経験、少なくとも就職面接の練習のようなものにはなるであろうと考え。あとはTwitter経由であること、僕が転職ポエムを書きはじめた時期と一緒であること、案件が Ruby on Railsであることを明記しているなど、完全なバラマキでもないようには思えたのだ。まあそんなに美味しい話が転がっているわけはない。おそらく、思っていたのと違う、まるで残念だったという感想をもってして、リモートでの話を終える可能性はとても高い。だがこういう連絡をもらえるだけでも、なかなか気分は上向くものだ。たとえそれがファンタジーだとしても、泡が弾けるまでの間、夢は見させてもらえるというか。すると、Wantedlyも良いし、転職ドラフトも良いんじゃないかと、選択肢の夢が広がってくる。この退職をきっかけとして、年収は何割がけで増える可能性だって、なきにしもあらずではないか。お金を稼いだからといって、これといってしたいことなどまるでないのだけれど、決して気分が悪いものではないだろう。あとひとつ思ったことは、お金を稼ぐということは、生存可能性を高めてくれる。これが僕にとっては、一番よろしいことであるかもしれない。まあ人間どうせ最後には死ぬのであるけれど、まるで永遠に生きるかのような夢を持ってして、生きることだって悪くはないだろう。さてどうなるか、次回乞うご期待。あまりにおおっぴらに全てをWebに残すものだから、永遠にエンジニア界隈から追放されたりしなければよいのだけれど。まあ、考え過ぎか。

仕事をやめる。荷物をまとめて出ていく。だけどどうした。動物たちが可愛いじゃないか。

で、荷物をまとめて出てきたわけだけれど、僕の荷物というものは、なぜこうも動物ばかりなのだ?可愛いじゃないか。グレーのくまのティッシュボックスに、ニトリで買った黒猫のクッションに、ペンギンの手袋に、黒猫の手袋もある。荷物をまとめて出ていくというと、なんとも物寂しいイメージがあったのだけれど、思ったほどの衝撃はない、というか可愛いじゃないか。どうしたんだ。動物たちが、可愛いじゃないかよ。自分の心理状態などというものは、正直、どれだけ予測しても、分からないところがある。思わず感情が高ぶるかもしれないし、そうでないかもしれない。ここにも未来の予測不可能生というものがあ‥どうした、動物たちが、可愛いじゃないか。ところで‥と3回は言ったような気がするが、この動物たちは宅急便で家に送ろうかどうか迷ったけれど、結局、タクシーで家まで連れて変えることにした。家が歩けるぐらいに近いので、こちらの方がむしろ手間がなく、料金だってかなり安いのであった。以前にもフットマッサージャーを同じ方法で家まで持ち帰ったことがある。そう、仕事中にもわずかでも癒やされようと職場に持ち込んだが、やはり音がうるさいと言われ、泣く泣く持ち帰ったフットマッサージャー。ああ、懐かしいなあ。動物たちもやけに可愛いし、僕は満足ですよ。こんな会社で4年間も働けて、本当に良かったです。ということで皆さん、会社を退職した時に、荷物にはたくさんの動物を詰め込んでおくと、良いかもしれませんよ。あまり寂しくなくなるかもしれませんからね。ちゃんと離職票はもらうように。失業保険をもらうんのであれば、動物どもの餌にも困らぬでしょう。

Original By

https://github.com/YumaInaura/YumaInaura/issues/923