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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

ミニマリズム vs マキシマリズム ( 最小限主義 vs 最大限主義 )

  • 理想の状態になるために、必要なものを増やす
  • 理想の状態になるために、余計なものを減らす

あるひとつの事柄において、このどちらの考え方をするか。 個人の根本において、この価値観の違いは、行動に大きな影響を与えると思う。

たとえば健康学の世界では

  • 原始時代の人間の食生活は、現代人の我々にとっても理想的なものだ (平均寿命が短かったのは、医学の未発達のせい)
  • 農耕が始まってから、炭水化物の摂取量が増大し、人間は不健康になった
  • その他、睡眠や運動など、ありとあらゆる点で「原始時代的な生活」が人間の本能には適している

という考え方がある。

たとえば発声(ヴォーカル)の世界では

  • 人間が生まれた時は、赤ん坊は満点の泣き声を上げる
  • 大人になるにつれ、発声に癖がついたり、自然な声を出すことが難しくなる
  • 発声を学ぶというのは、ひとまずは、人間の全く自然な声を取り戻すことである

という考え方がある。

たとえばマインドフルネス、瞑想の世界では

  • 人間は生まれた瞬間にはマインドフルネスである
  • 大人になるにつれ、思考の癖が人間を不幸に傾けてゆく
  • 幸福になるということは、心に新しいものを付け加えるのではなく、余計な癖を取り除いてゆくことだ

という考え方がある。(僕はそう理解している)

価値観の違い

  • ミニマリズムは、理想の状態はもともと存在し、そこに「戻る」と考える。
  • マキシマリズムは、理想の状態はもともとは存在せず、それを「得る」と考える。

限られたリソース

事実、人間の人生は有限であり、リソースは限られている。 それにも関わらず、現代においては、選択肢は無限であり、情報量は増大するばかりだ。

「やればやるほど、プラスになる」という価値観には、さすがに限界があるのではないだろうか。 部屋の片付けや、物質的なものだけではなく、人間の行動全般においても。

たとえば「本を読めば読むほど賢くなる」と思っても、人生で読める本には限界がある。たとえ、どんなに速読を身につけようとも同じだ。 そして、たとえば本を読めば読むほど賢くなったとしても、すなわち幸福になるとは限らない。

ミニマリズム的な考え方をするならば「必要な時に、必要な本を読めば良い」というのが正解だ。

だから「必要最低限」のラインを考えてみる。

たとえば100冊の本があれば、その中で1冊の本だけを読めば良い。 100冊読んだからと言って、100倍幸福になれるとは限らない。

これは膨大な選択肢の中から、余計なものを減らしていくという手順によって達成される。

知識をつける、勉強をする場合

たとえば、専門的な勉強をするのは、知識を「増やす」という行為だが、その中で最も重要な情報に注目するのは「減らす」という行為だ。

膨大な情報や知識の中で、個人のコンテキストにおいて、もっとも重要な情報はごく限られたわずかだったりする。 1%の重要な情報を見つけ出すために、勉強というものはあるんじゃないだろうか。

逆に、99%の不必要な情報の海に揉まれても、陸地にはたどり着けない。(あるいは、かなりの時間がかかる)

まとめ

  • 理想の状態とは「そこに戻る」ものだと考えてみる
  • 理想の状態を達成するために、何を減らせるか考えてみる (妨げになっている行動など)
  • 最大限主義はすぐにリソースの壁にぶち当たる
  • 必要最低限は幸福をもたらしやすい