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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

ブログは究極のひとり遊び

ブログを書いたら 「あー、書くの楽しかった」と、満足感を味わって終わりたい。

たとえば、

  • 料理を食べたら、その時間に満足する。
  • 映画を観たら、その日に満足する。
  • 本を読んだら、その内容に満足する。
  • USJに行ったら、アトラクションに乗ることに満足する。

なぜブログだけ「書いた後」に満足しようとするんだろう? 「ブログ=発信するもの」という固定観念は根強い。こいつはすごい落とし穴だと思う。

ブログを書く時に楽しんでいるもの

  • ブログを書くという行為自体が楽しい。
  • キーボードを叩く音のひとつずつが、耳に心地よく響いてくる。
  • 載せる写真や、絵の構図を考えるプロセスも優雅で、かなり好きだ。
  • 休日にブログを書くという、その過ごし方が好きだ。
    • ゆっくりとコーヒーを飲みながら、過ぎてゆく時間を楽しむのも良い。
  • ブログを書くこと自体がプラスの体験であり、エンターテインメントになっている。
    • しかもお金も、電気代ぐらいしかかからない。
  • ブログを書くのは、自分と他人の関わりあいじゃない。まずは自分と自分の関わり合いだと気付く。
    • 「お、いまの表現いいね」っていうものが出てくると、テンションが上がる。(自分で自分にいいねを付ける)
    • 自分の思考と遊び、自分の感覚と遊ぶ作業。

上記のリストは、僕が「こう思い込もう」と無理に考えたものではない。 「ブログを書いている時に感じている満足感」を、言葉に表してみたものだ。

こういった、ブログを書く時の満足感を、もっとよく覚えておきたい。 なぜなら、それが僕がブログを書く理由の本質だからだ。

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まがいもの

逆に、次のような理由は、僕がブログを書く理由の本質ではない。 あくまでも、おまけに過ぎない。というより、むしろ邪魔な概念だ。

  • アクセス数やリアクションが欲しい。
  • ブログを書くことで文章力をつける。
  • ブログ=アウトプット=情報発信 は良いことだという考え。
  • 記事を書いた個数に満足を覚えようとする。

オンラインとオフライン

「なら、自分だけの日記を書けば良いじゃん」と思われるかもしれないが、それでも人は社会的な動物だ。 オフラインの自分だけの日記であれば、たぶん僕はこれほど真面目にブログは書かなかっただろう。

「誰もがアクセス出来る場所」に「自分のストーリーを置く」というこの距離感に、僕は良い温度を感じる。

たとえるなら、ひとりでカフェに行くような感覚だ。 そこには他のお客さんもいる。「人の存在」を感じながらコーヒーを味わうこと。 これは部屋で一人缶コーヒーを飲むのとは、別の体験だ。

あとは、ブログに誰でもアクセスできるということは、 もしかしたら後の世で、孫がおじいちゃんのブログを見ることだって出来るかもしれない。 なかなか胸躍る話じゃないか。

それでも

「でも、誰も見てないでしょ?」という心の囁きは、たびたび聞こえてくる。 ブログの公開ボタンを押した瞬間に、恍惚の時間は終わり、苦悩の時間の幕開けだ。(おおげさに言うのならば)

それほどまでに、人の承認欲求というものは強い。 同じくそれほどまでに「ブログ=情報発信」という毒のある固定観念は強いのだろう。

この対策は。 承認欲求と直接戦うよりも、ブログを書く時の満足感をよく覚えておいて、本質を見失わないようにすること。 マイナスと戦うのではなく、プラスと仲良くすること。

それが答えだ。(強引でも不安じゃねぇ)

まとめ

改めて。

ブログは僕にとって、きわめて質の高い一人遊びだ。 映画を観ることや、本を読むことよりも自由度が高く、案外と創作性もある。

今はこの趣味にはまっている。