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Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

映画館で隣のおじちゃんの鼻息がうるさくて格闘を続けた日曜日

映画

今日もミニシアターに行った。人生二度目だ。 作品はアカデミー賞を受賞したらしい「たかが世界の終わり」。

場内に入ると、満席だった。すごい。 昨日のように、のびのびくつろぐとはいかなさそうだ。

本編が始まる。

しかし、なんだか左の方から、寝息のような音が聞こえる。 まさか、左の人、寝ているんじゃないだろうか? いや、まさかな。こんな満員の人気映画で寝るなんてあり得ない。 しかし、昨日だって、左側に寝ている人がいた。映画館の左側には必ず寝てる男がいるのか?

と思って5分ほど。いざ左を見てみると、初老のおじいちゃんが、やっぱり寝ていた。 僕の左の耳に、規則正しく聞こえてくる寝息。とても気になる。 ミニシアターだから映画の音量は小さい。しかも静かなフランス映画だ。 映画の音量が10ポイントだとしたら、おじちゃんの鼻息が11ポイントぐらい。

そして「左側からだけ聞こえてくる」というアドバンテージ。 これが5分に1度の咳払いとかならまだしも、規則正しく、延々と繰り返されるのだから。

「そのうちきっと起きてくれるはず。。。」と思いながら本編に集中するものの、どうやら起きる気配はなさそうだ。 僕は5分ほど考えた後に、思い切って、おじちゃんの肩を軽く叩くことにした。

おじちゃんは「はい。。どうしました?」と聞く。 僕はサイレント、トーキー、つまり身振りで「本編が始まってますけど、観なくて良いんですか?」と、スクリーンの方を、手のひらで指す。 おじちゃんにも意図が伝わり「ああ。。ありがとうございます」とはにかむ、おじちゃん。

良かった。勇気は出してみるものだ。 これで残りの1時間以上を快適に過ごせるのだから。

しかし、これは解決ではなかった。 おじちゃんの鼻息は「寝ているせい」ではなかった。まさかの、デフォルトだった。 目を覚ましたはずのおじちゃんも。全く同じ音量で、左側から鼻息を立て続ける。 それはもう、規則正しく。そして、3分に1回ぐらいはメガネを外して、大きくて長い溜息をつく。

この状態が、30分ほど続いた。まったく映画に集中できない。

僕も色々と試行錯誤はした。 左耳を自分でふさいでみる。最初は名案だと思ったが、ものすごく肩が凝ってきてやめた。 バッグからイヤホンを取り出して、左耳につけてみる。 だが、このイヤホンに防音効果はなかった。

なぜこのおじちゃんは、こんな満員の人気映画をミニシアターに観に来て、なおかつ真ん中の真ん中の席で、鼻息を立て続けるのだろう。

このおじちゃんが鼻息を立て続けることによって、少なくとも周り8マスの観客の映画鑑賞に悪影響が出ている。(はずだ) そのぐらいの音量ではあった。

30分間の「本編に集中しようとする努力」と「おじちゃんの鼻息に気を取られる意識」との戦い。 もう途中で、自分が席を立って帰ろうかとも思ったが、僕自身も場内の「真ん中の真ん中の席」に座っているため、席を立つのも周りに迷惑がかかる。 (そう、映画というものは、物語の中に入り込むのが醍醐味なのだから。他の人のそれを邪魔してはいけない)

もう僕は、30分ほど格闘を続けている。 だがまだ上演時間は何十分か残っている。

そして物語も佳境に差し掛かった頃、どうにも「このままの状態じゃいけない」と思い、ついに行動を起こすことにした。 一刻も早く、この状況から逃れたかったのだ。 ここで僕が注意しなかったら、おじちゃんは今後一生、映画館で周り8マスの人を不幸にし続けるかもしれない。 誰かが言ってあげなくてはいけない。

僕は勇気を出して、こんな文面を携帯に打ち込んで、おじさんに見せることにした。

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おじさんはメガネを取って、目を凝らして画面をよく見たあと、「分かりました」と人が良さそうに答えた。

僕は、ついにやった! 良かった。僕は8マス分の観客、そしておじさん自身をも世界から救ったんだ。 そして「自分が心地よくない環境」を「心地よく変える」ということを実現できた。 「人に対して丁寧に、要求を伝える」ということをやってのけたんだ

だがしかい。これは、まるで解決にはならなかった。 自分の鼻息に注意を向けてもなお、以前とまったく同じ音量で繰り返される鼻息。 以前と同じペースで繰り返される、3分に1回の大きなため息。

薄々気付いていたが、これは完全に、無意識なんだろうなと思った。 「意識しても治らない癖」という奴だ。

そして映画のエンドロールが終わった頃、おじちゃんは気持ちよさそうに背伸びをして、 「失礼致しました」とこちらに人の良さそうな挨拶をして、帰っていった。

ほとんど、おじちゃんの鼻息の記憶しかない。 なんだか主人公の兄が、夕焼けに照らされていた風景がすごく綺麗だなと思った記憶はある。 おじちゃんの鼻息を聴くために、1800円と90分間を費やした日曜日の午後だった。

しかし映画館での映賞というものは、ものすごく高いハードルが要求される、高度な統率が要求されるのだなと思った。 たとえば観客が100人いれば100人が全員「物語にのめり込むため」に、大きな音を立てず、マナーを守らなければいけない。 この中のたとえ1人でも統率の取れないメンバーがいると、残りの99人が「のめり込むチャンス」を失ってしまうのだ。(大きな咳払いをする人とか) いやせめて少なくとも、自分の周りの8マス分、せめて前後左右の4マス、左右の2マス分だけでも、鑑賞を妨げない人であってほしい。 しかしこれは、ほぼ運だ。 映画鑑賞の質はランダム性にも左右されるのだなと思った。

しかし「真ん中の真ん中の席」というのは鬼門なのだろうか。 僕は真ん中が好きなのだけれど、どうにも「咳払いをするおばあちゃん」とか、物音を立てる人が多いような気がする。 あんまり映画館に頻繁に行くわけじゃないし、ただの気のせいかもしれない。

映画館では。。。。お静かに。。。。。。。。。。!!