Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

「時間がない」という強迫観念 => 「自由は盗まれない」という理解

僕は「時間がない」という強迫観念が強い。 だが、これは本当は時間の問題ではなく「自由を盗まれるのを嫌う」ことが本質だと思った。

時間がない=自由が盗まれる=自分の思うとおりに過ごせなくなる

ということが本当に辛いのだ。 つまり重要なのは自由であって、時間ではない。

自たとえば己啓発書には、プラス思考で 「”30分しかない”じゃなくて"30分もある"と考えなさい」と書かれていたりするが、これは大きな解決にはならない。 だって「30分もある」と考える習慣はすぐに忘れてしまうし、問題の本質は自由だからだ。

しかしなぜ「時間がなくなる」と「自由に過ごせなくなる」と考えてしまうのだろう。

それは自分の「内側」をコントロールできていないからだ。 時間や場所によって、心が「自由ではなくなってしまう」と思い込んでいるからだ。

本当はどんな場所にいたって、どんな時だって、 「内心」は自由だし、自由を感じながら過ごすことが出来る。

つまり本当に重要なのは「いついかなる時、いかなる場所でも、自由を感じながら過ごせるという気付き」であり、その「理解」なのだ。

「自由」という言葉は幅広いが、ここではあまり理屈としては考えない。 「束縛を感じている心の状態」があるとしたら、その逆に「自由を感じている状態」は、自分の心がけ次第で、いつでも持てるという話だ。

(ナチスアウシュビッツ収容所の中でさえ、内心の自由を保っていた人々はいたらしい)