Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

Yuma Inaura 稲浦悠馬 | とりとめもないこと

愛すべき Mac Book Air に捧ぐ

マインドフルネス | 「解決のために努力する思考」が「解決の敵」になる時のパラドックス

問題は、こうだ。

たとえば「週明けのしごとが嫌になる」という問題を、解決しようとするとき。 その時。

頭の中をのぞいてみる

明日は仕事だ。 ああ、忘れたい。 忘れるためにはどうすれば良いんだろうか。 別に仕事が嫌いなわけじゃないけど、人間の恒常性の問題だよな。 つまり、考えすぎることが良くないわけで。 ちょっと理性を麻痺させた方が良いのかもしれない。 ビールでも飲んでみようか。 でも夜遅いし、朝に支障をきたすかもしれない。 自分は肩がこるから、マッサージチェアを買ったのは良かったな。 でも大金をはたいて買ったのに、壊れたらどうしよう。 保証も3年しかついてないし。 もしその頃、会社をクビにでもなっていたら。。 そのためには今の時期、がんばらなきゃ。 がんばるのってめんどくさいよな。 これだけコンディション管理に気を配ってさえ、憂鬱になるんだから。 会社と一緒に「明るいイメージ」を思い浮かべてみたらよいかもしれない。 NLPの本で読んだメソッドを実践してみようか。 というか、会社って証明が明るすぎるんだよな。 それが嫌になるひとつの理由であって。。。 人間に優しい照明レベルになれば良いのに。 なんで仕事をする人に優しくない環境を作るんだろう。 ちょっとググッてみよう。 ぜんぜん情報がヒットしないな。 やはり、仕事環境の整備というのは、 海外では研究が進んでいたりするんだろうか。 海外の記事を読みたいけど、それにはもっと英語を勉強しないと。 英語を勉強し続けているけど、なかなか上達していないよな。 特に英語には熱心ではない、会社の他のメンバーの方が、よほど俺より出来るんじゃないだろうか。 というか会社で俺は浮いてるんじゃないだろうか。 こんなこと考えているうちにもう深夜1時だし。 ぜんぜん眠れない夜に眠るにはどうしたら良いんだろう。 そういえばTOEICの支払いってもう済んでいたんだっけ。。。

(ここまで 1分間)

解決のために思考しているのに

実はこの「思考」の全てこそが、気持ちを憂鬱にさせている正体なのだ。 なぜならば、考えなければ「明日の仕事」も嫌になりようがない。 なぜならば、考えないことは不安になりようもない。

「解決のために思考する」のに「思考がぐるぐると回る」から「いつまでも解決できない」。 「解決のために努力する」のに「いつまでたっても答えが出ない」から「解決が遠ざかる」。

まさにパラドックス。逆説だ。

どんなに解決のために考えても

その思考の本体が、解決の逆を行くのでは、意味がない。

たとえば俺は元来から「考えすぎる性格」だったから。 32年間ぐらいは「解決のために考える(だけど思考を空費する)」というようなタイプの努力をしてきたように思う。

だがこれはまったく努力の方向が逆で、 本当は、まずは最初に「考えないトレーニング」「自分の思考を意識し、コントロールする努力」をするべきだったんだ。